千葉工業大学 / 応用化学科 / 山本研究室
計算化学で生命・物質・環境・教育の問題解決
投稿:22-06-15

北大・人獣研の一般共同研究に採択されました

山本が提案した研究課題「インフルエンザウイルス薬剤耐性化の分子機構についての理論的研究」が 北海道大学・人獣共通感染症国際共同研究所・一般共同研究 に採択されました。インフルエンザウイルスの薬剤耐性に詳しい人獣研の 五十嵐 学 先生と一緒に取り組みます。

本研究の概要

インフルエンザの治療では,インフルエンザウイルス表面に存在するノイラミニダーゼの酵素反応を阻害する薬剤が国内外で広く用いられている。一方,これらの薬剤に対する耐性株の出現も数多く報告されている。本共同研究では,人獣共通感染症国際共同研究所のスーパーコンピュータを利用し,電子状態計算と分子動力学計算を組み合わせたマルチスケール分子シミュレーションを実行することでインフルエンザウイルスが薬剤耐性を獲得するメカニズムを分子レベルで明らかにする。本共同研究は,インフルエンザの予防・診断・治療手段の確保に関して大きく貢献するのみならず,より一般的な病原細菌およびウイルスの薬剤耐性化の分子機構に関しても重要な知見を与えることが期待される。

学術的な背景

A型インフルエンザウイルスはヒトを含む哺乳動物ならびに鳥に感染する人獣共通感染症病原体である。インフルエンザウイルスの表面には糖蛋白質ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)が存在しており,抗原性の違いからHAは16種類(H1~H16),NAは9種類(N1~N9)の亜型に分類される。インフルエンザウイルスの自己複製プロセスでは,HAが宿主細胞表面に存在する糖鎖末端のシアル酸を認識することで吸着し,細胞内へ取り込まれる。細胞内で複製されたウイルスは,NAがシアル酸を切り離すことで宿主細胞表面から遊離する。したがってNAがシアル酸を切断する酵素反応を阻害すれば,ウイルスは感染細胞から遊離できず,次の細胞に感染することができない。そこで,NAの酵素活性部位を標的として,シアル酸とNAの相互作用を阻害する薬剤の設計開発が行われてきた。現在,日本国内では4種類のNA阻害剤(オセルタミビル,ザナミビル,ペラミビル,ラニナミビル)が治療に用いられている。一方,インフルエンザウイルスは変異しやすいため,薬剤耐性株の出現が頻繁に報告されている。

インフルエンザウイルスがNA阻害剤に対する薬剤耐性を獲得する過程では,NAと薬剤の結合性が低下した形質集団が選択されるが,この場合,自己複製に必須である酵素活性は最低限保持される。すなわち,薬剤投与の影響下で選択されるアミノ酸置換は「薬剤との結合性の低下」と「酵素反応」が適切に制御されている必要がある。近年五十嵐(共同研究者)らは,ベトナムで分離されたH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスに見られたNAの変異がオセルタミビルへの感受性を低下させることを実験と計算の両面から明らかにしている【J. Infect. Dis. (2012)】。興味深いことに,この変異位置はオセルタミビルとNAが直接結合する部位ではなく,その周辺のアミノ酸残基の置換によってNA酵素活性部位が構造変化することで薬剤との相互作用が弱くなっている。一方で,NAの酵素反応について,その分子機構の詳細は明らかになっていない。このように,インフルエンザウィウルスが薬剤耐性を獲得するメカニズムについては,解明の手がかりとなる知見は得られているが,その詳細は未だ明らかではない。

本共同研究では,人獣共通感染症国際共同研究所のスーパーコンピュータを利用し,電子状態計算と分子動力学計算を組み合わせたマルチスケールな分子シミュレーションを実行することで,インフルエンザウイルスの薬剤耐性獲得の分子機構を解明する。

研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

期待される効果

本共同研究でインフルエンザウイルスが薬剤耐性を獲得する分子機構を明らかにすることで,薬剤耐性となるNA上のアミノ酸残基の変異を予測した上で効果的な抗インフルエンザ剤を合理的に設計することが可能になり,インフルエンザに対する予防・診断・治療手段の確保に関して大きく貢献することが期待される。

薬剤耐性化は種々の病原細菌・ウイルスで必然的に起こり得る現象であり,2015年5月のWHO総会で薬剤耐性に対する国際行動計画が採択されるなど,その対策が国際的にも重要課題となっている。本共同研究でインフルエンザウイルスの薬剤耐性化機構を明らかにすることで,他の種々の病原細菌・ウイルスが薬剤耐性を獲得するプロセスについても,これまで不明であった分子レベルで起こる形質転換に関する知見を与え,細菌学・ウイルス学分野および医学・薬学分野に対しても極めて重要な波及効果があると期待できる。

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